東日本大震災から間もなく9年、初めて被災地に行って感じたこと

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すべての人にとって平等なのが時計の針。1分1秒、同じ時を過ごして年老いていくうちに記憶は薄れていく。しかし、生きていくなかで決して忘れてはいけないことがある。その1つが東日本大震災だ。

2011年3月11日、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmの海底を震源とした地震が発生した。黒く巨大な津波が東北地方の日常を飲み込み、沿岸部は壊滅的状況。あれから9年が経とうとしている──。

・岩手県宮古市へ

昨年夏、私は三陸海岸沿いに位置する岩手県宮古市を訪れた。そこにあったのはごく自然な人々の暮らし。ただ、復旧して日常を取り戻した街で見られたのが「津波浸水深の表示」だった。あの痛ましい震災が風化しないように作ったのだろう。

「2011・3・11 東日本大震災 津波浸水深ここまで」というプレートをはじめに発見したのは宮古駅の近く。海が見える場所ではないにもかかわらず、津波浸水深は大人の腰ほどの位置を示していた。こんな街中にまで津波が来たのか……と改めて自然の恐ろしさを実感し、驚きを隠せなかったのを覚えている。

・いたるところに津波浸水深

しかしながら、驚きはそれで終わらなかった。そう、津波浸水深の表示は街のいたるところに設置されており、観光名所としても知られる「浄土ヶ浜」へ移動する途中はもちろん、到着するとさらに目を疑うような爪痕が残っていたのだ。

海が近づくにつれ、津波浸水深は徐々に上昇……そしてついには建物の1Fを丸ごと飲み込む高さに。

浄土ヶ浜は壮大な景色で出迎えてくれたが……

海沿いにあるレストハウスに目を移すと……

津波は2Fフロアの天井にまで届いていた。2012年6月に復旧したレストハウス、今ではお土産も売っているが……

2011年3月末に撮影された写真を見ると、2Fフロアのガラスは粉々。一瞬にして建物を飲み込み、中にあったものもすべてが流された様子も確認できる。なお、外階段を上ったら展望台に行けるのだが……

下と上ではまた見える景色が違った。2F天井部分から見下ろすと、信じられないほど高い津波が襲ってきたことがよく分かる。当時、浄土ヶ浜の近くで建物2Fはあろうかという防波堤が建設中。すでに過去の教訓が未来に活かされているのも印象に残った。

わずか数日の滞在ではあったものの、宮古市で体験したことは私にとって忘れられない出来事であった。映像じゃなく自分の目で見ると、あの日のことを絶対に忘れてはいけないと痛感した次第だ。

・間もなく9年

間もなく東日本大震災から9年が経つが、おそらく当日は各地で黙祷が捧げられると思われる。発生時刻の午後2時46分、足を止めて記憶を風化させないようにしたい。日本はいつどこで災害が起きても不思議ではないため、防災の意識を常に持っておこう。

Report:原田たかし
Photo:RocketNews24.

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