音故知新④〜“ロックンロール”と“ロック”の分岐点
そもそも「ロック」という言葉が「ロックンロール」と区別されて使われるようになったのはいつからだろうか?
諸説ある中で、アメリカでは“1965年7月25日にロックが誕生した”と言われている。
一体この日になにがあったというのだろう?
──1965年7月25日、アメリカのロードアイランド州で行われた第5回ニューポート・フォーク・フェスティバルに出演したボブ・ディランのスーテージを観ていた音楽評論家ポール・ネルソンは、その場で次のようなメモを残したという。
ディランの新しいスタイルにノックアウトされた。
彼がプレイした音楽は、最近聴いたあらゆるジャンルの中でも最もエキサイティングなものだった。
「そのギターを始末しろ!!!」
そこにいた観客は、ディランがバンドを従えてエレキクトリックギターで演奏したことに対して激しいブーイングを浴びせていた。
だが、その後に私がこれまで観たことがないようなドラマティックなことが起きたのだ。
その日のディランはバンドと共に数曲を演奏し終えて、あっさりとそのステージを降りてしまった。
ピーター・ポール&マリーのピーター・ヤーロウは、なんとか観客に拍手を促し、早々に演奏を切り上げたディランに何とか続けるように説得し、やがてディランが再びステージ登場することを場内にアナウンスした。
ニューポートフェスの創設者でもあるプロデューサー、ジョージ・ウェインが「本当に戻ってくるのか?」とヤーロウに尋ねた直後、アコースティックギターを持ったディランがステージに現れ「It’s All Over Now, Baby Blue(これで終わりさ)」を歌い始めたのだ。
ディランが過去のスタイルに対して決別しようとしている!
私はその姿、その歌声からすべてを察した。
歌が終わり…エレキギターからアコースティックギターに持ち替えたディランに対して、観客はようやく拍手をおくった。
その瞬間、悲しみにも似た何とも言えない空気がディランと観客の間に立ち込めていた。
この出来事があった以前からアメリカの音楽シーンにはエルヴィス・プレスリーもいたし、イギリスではビートルズやローリング・ストーンズがすでに活躍していた。
彼らは皆、カントリーやブルースを下地にしたロックンロールやR&Bなどのスタイルを演奏と歌に取り入れていた。
その流れと平行するように、古い時代から親しまれていた..