志村けんさん死去でテレビ局に言いたいこと「しめっぽい追悼番組はいいから、ドリフの再放送をしてほしい」

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2020年3月30日、訃報が伝えられた。新型コロナウイルスに感染し、闘病を続けていたタレントの志村けんさんが亡くなったというのだ。

昭和、平成と活躍した国民的コメディアンの新型コロナウイルスによる死去。追悼番組や特集が組まれることになると思うが、そこでテレビ局に言いたいことがある。悲しみに満ちた番組ではなく、いっそドリフの再放送をしてほしい。私たちに笑って偉大なコメディアンを追悼させてください。

・どの時代も志村さんをテレビで見ていた

2020年で芸歴48年になる志村さんは1969年〜71年に放送された『8時だョ!全員集合』で披露した東村山音頭で大ブレイク。同番組が終了後も『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』『志村けんのバカ殿様』などで日本中を笑わせ、その後も『天才! 志村どうぶつ園』などバラエティ番組で活躍した。

とくにコント番組では「ヒゲダンス」や童謡「七つの子」の替え歌などたびたびブームを起こし、真似する子供が続出。私は番組放送中の90年代に小学生だったのだが、月イチで班ごとに何かアトラクションを披露する「おたのしみ会」では必ず誰かが志村さんの物真似をしていたし、ときに授業中に真似をして先生に怒られるということもあった。

昭和、平成、令和とどの年代を切りとっても、いつもどこかでテレビのなかに志村さんを見ていたように思う。

・芸に対するストイックさ

そんな志村さんは、2020年に映画初主演を控えていた。志村さんほどのキャリアがあって主演が初というのは、彼が芸人一筋で俳優業を断り続けていたからというのはファンの間では有名な話だ。このエピソードだけでなく、確実にホームラン級の笑いをかっさらっていくユルいようで実は隙のないコントを見るだけでも、志村さんが芸に関して相当ストイックであったことが感じられるだろう。

・私たちも笑って追悼したい

人はいつかこの世を去るものだが、今回ばかりは何ともやるせない気持ちでいっぱいだ。コロナウイルスの脅威を伝えるためにも多くの追悼番組が組まれるだろう。しかし芸に並々ならぬ情熱をそそいだ志村けんさんの追悼に、しめっぽい演出は似つかわしくないのではないだろうか。志村さんの功績を讃え、偲ぶにはやはりコントを見るのが一番だと思うのだ。

テレビ局には志村さんの過去作品の再放送を検討していただきたい。ご本人がどんな思いでいたかはわからないが、私たちの知る「芸人・志村けん」は、視聴者がただただ悲しむ姿を望まないのではないだろうか。もちろん訃報に際し、どのコントを見てもしばらくは爆笑できないだろう。だが志村さんの緻密に計算された笑いに思いを馳せながら、追悼したいと思う。

志村けんさん、今までたくさんの笑いをありがとう。

心よりご冥福をお祈りします。

執筆:沢井メグ
イラスト:マミヤ狂四郎

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