
ブライト・ライツ、ビッグ・シティ〜午前6時、いま“君”のいる場所。
君はそんな男ではない。夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない。
1984年夏。そんな一節で始まる新人作家の処女作がアメリカで出版された。長編小説のタイトルは『Bright Lights, Big City』。作家の名はジェイ・マキナニー。あのフェリーニの『甘い生活』やサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の現代版とも言える内容と、“君”という二人称で静かに描かれる喪失のシティライフ。
世代を代弁するスポークスマン的作家が長い間出現することのなかったニューヨークにとって、29歳のマキナニーとこの作品はたちまち一大センセーションを巻き起こし、書店では山積みされてベストセラーを記録。さらに翌年には、20歳の大学生ブレット・イーストン・エリスがロサンゼルスを舞台にした衝撃的な『レス・ザン・ゼロ』でデビュー。こちらも大きな話題となる。
こうした新しい感覚を持った書き手たちの登場は、マスコミによって「ニュー・ロスト・ジェネレーション」(あらかじめ失われた世代)」として名づけられた。1920年〜30年代に「ロスト・ジェネレーション」(失われた世代)と称されたF・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイらが活躍したムーヴメントを再構築化。アメリカ文学が一気に若返り、そして余りにも眩しく輝き始めた。
マキナニーには『Bright Lights, Big City』を書くにあたって、土台にした一つの自作の短編があった。「午前6時、いま君のいる場所」(It’s Six A.M. Do You Know Where You Are?)と題されたその作品は、1982年に文芸誌「パリス・レビュー」で発表。その時はまだ作家を目指す金欠の青年だったが、この秀逸な短編の存在こそが2年後の長編へと生まれ変わったのだ。
1955年にコネティカット州で生まれたジェイ・マキナニーは、大学卒業後に地方紙の記者や英語を教えるために日本にも2年間滞在した経歴を持つ。その後、1979年にニューヨークへ出てくると、いくつかの出版社で働きながら、レイモンド・カーヴァーのもとで小説創作を学んでいく。「午前6時、いま君のいる場所」はそんな時期に書かれた短編だった。
「New York 94」という90年代に発表したエッセイで、マキナニーは自身が過ごした80年代の摩天楼をこう振り返っている。
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