2022-05

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オースティン・パワーズ〜90年代大ヒット映画を生んだ“あの名曲”とは?

1996年4月の昼下がりのこと。ジョン・ベルーシやエディ・マーフィなど数々の個性的なコメディアンを生み出した『サタデー・ナイト・ライヴ』出身で、映画『ウェインズ・ワールド』の大ヒットで世界的スターの仲間入りを果たしたマイク・マイヤーズは、ホッケーの練習に向かうために車を運転しながらラジオを聴いていた。 流れてきたのは1967年のヒット曲「The Look of Love」。バート・バカラック作曲、ハル・デヴィッド作詞、ダスティー・スプリングフィールドが最初に歌ったポップス・スタンダード。 1963年生まれのマイヤーズはそれから記憶の数々を楽しみながら、自分にとって大切なものが次々と蘇ってくる経験をしたという。そしてこの瞬間を映像化しようと思いつき製作したのが、自ら主演(1人2役)・脚本を担当した『オースティン・パワーズ』(Austin Powers:International Man of Mystery/1997)だった。 『007』シリーズや『欲望』などの英国映画へのオマージュが溢れる中、007のパロディ『カジノ・ロワイヤル』から多大な影響を受けた作品が生まれた。スウィンギング・ロンドン時代に売れっ子カメラマンでありながら、実はスパイという裏の顔を持つオースティン・パワーズに扮したマイク・マイヤーズのコミカルな言動や仕草に、あの名優ピーター・セラーズや初期ウディ・アレンを思い浮かべる人も多いだろう。 クインシー・ジョーンズの「Soul Bossa Nova」をバックに、初期ビートルズのようにカーナビー・ストリートを追っかけの女の子たちから逃げ回る映画のオープニングから、お馬鹿ノリのコメディながらも丁寧にディティールに拘った世界観を構築しようとする情熱を感じずにはいられない。だからこそ大ヒットした。 ボンド・ガールに対抗して知的でセクシーな美女パートナーも登場し、シリーズ1作目では彼女のために脚本を想定したと言われるエリザベス・ハーレーが好演(2作目「オースティン・パワーズ・デラックス」(1999)はヘザー・グラハム、3作目「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」(2002)はビヨンセ)。 スターたちのカメオ出演もこのシリーズの見どころの一つで、1作目ではキャリー・フィッシャー、ロブ・ロウ、クリスチャン・スレイター、アンディ・ウォーホル(これはさすがにそっくり..
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年齢当てます!好きなファストフードを教えてください。

なんで分かるの?秘密です。 View Entire Post ›
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ジャージー・ボーイズ〜音楽への愛に満ち溢れた「君の瞳に恋してる」

「絆」とか「友情」という言葉をよく耳にする。しかし口にするのは簡単で、実際に深刻なトラブルに見舞われた時、そんな台詞を交わした当人たちには亀裂が生じることがほとんどだ。大人の人生はそんなものだと割り切りながらも、心のどこかではあの美学を忘れられない。幼い頃からそんな世界を叩き込まれた人ほど特に遭遇する出来事だと思う。 『ジャージー・ボーイズ』(JERSEY BOYS/2014)は、そんな忘れかけたスピリットをそっと観る者の胸に音楽と共に届けてくれる素晴らしい作品だ。ロック/ポップ史にその名を永遠に残すフォー・シーズンズの実話を基に描いたブロードウェイのロングラン・ミュージカルの映画化であり、クリント・イーストウッドが監督している。 地元を出る方法は3つ。 “軍隊に入る”。でも殺される。 “マフィアに入る”。それも殺される。 あるいは“有名になる”。 俺たちはあとの2つだった。 ニュージャージー州の貧しいエリアが物語の最初の舞台。主人公はフランキー・カステルチオ(ジョン・ロイド・ヤング)という少年。彼にはトミー・デヴィート(ビンセント・ピアッツァ)やニック・マッシ(マイケル・ロメンダ)という兄貴分の仲間がいる。彼らはバンドを組んでいて、独特のファルセットな歌声を持つフランキーに音楽や歌い方を教え込んでいた。 しかし一方でイタリア系移民の性。マフィアのボス(クリストファー・ウォーケン)とも関係があり、犯罪に手を染めたり刑務所に入ったりして、フランキーは面食らうだけだった。彼らに爽やかな歌をイメージする人も多いが、その生まれた背景は凄まじい。 その後、フランキーがヴァリと改名したり、当時無名役者だったジョー・ペシ(今や名優!)という友人から、新進気鋭のソングライターであるボブ・ゴーディオ(エリック・バーゲン)を紹介されてバンドは4人組となった。フォー・シーズンズの名は、トミーの過去の悪事が原因でオーディションに落とされたボウリング場の名前から名付けられた。 NYのブリル・ビルディングでプロデューサーのボブ・クリューとの再会をきっかけに、本格的にデビューする4人。しばらくはアイドル歌手たちのバックコーラスの仕事を続けていたが、ボブが書いた「Sherry」でいきなりナンバーワン・ヒットを飛ばしてスターとなる。「Big Girls Don’t Cry」や「Walk Li..
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鮮烈なブルーを放った女神〜ジョニ・ミッチェル27歳

♪「All I Want」/ジョニ・ミッチェル ローリング・ストーン誌『The 500 Greatest Albums of All Time』において、女性ソロ・アーティスト最高位(30位)に選ばれたジョニ・ミッチェルの『Blue』。 カナダからニューヨークに移り住み、24歳でデビューした彼女。 “恋多き女”と呼ばれた彼女が1971年(27歳)に放った、この名盤のオープニングを飾る「All I Want」の歌詞にはこんな言葉が並ぶ。 一人で旅をしているの、自由になる鍵を探して… 嫉妬と貪りの糸はほどけない ジュークボックスのある安酒場でストッキングを破りたいわ それは、彼女と同じカナダ出身のレナード・コーエンとの恋を赤裸々に綴った歌だった。 表題曲の「Blue」は、ボブ・ディランと無二の親友とも云われたデヴィッド・ブルーとの恋を歌ったものであり、彼もまたカナダ出身のシンガーソングライターだった。 画家としての才能も発揮していた彼女は、この『Blue』というアルバムをキャンバスに見立て、自由で複雑難解な女心をリリカルに歌い描いた。 その鮮烈な青(ブルー)の魅力は、ボブ・ディランをもいたく刺激し、彼に「Tangled Up in Blue(ブルーにこんがらがって)」という曲を書かせたほどだ。 1970年、このアルバムの曲作りを進めていた頃に、彼女はイギリスのワイト島で開催された巨大ロック・フェスに出演した。 この祭典は、前年に行われたウッドストック・フェスティバルを凌ぐ史上最大規模のフェスとして語り継がれると同時に、ピッピー・ムーブメントの崩壊を世に知らしめるものとなった。 ワイト島に集まった約60万人もの観客の多くが暴徒化し、客同士の喧嘩だけに留まらず、その矛先は出演者たちへも向けられて、状況は混沌を極めていた。 彼女はたった一人でギターを手に、荒れ狂うステージへと向かった。 客席から「女々しいフォークはやめろ!!」と汚い野次や罵声が飛び交う中、彼女はこんなメッセージと共に真っ直ぐな瞳で数曲を歌い切った。 「みんなちょっと頭を冷やして、じっくり物事を考えるべき時じゃないの?」 喧騒の渦中、一部の観客たちはその声に黙って耳を傾けていた。 翌年、彼女が放った“鮮烈な青(ブルー)”は、ひとつの時代を象徴する存在となった。 <解説> 【恋多き女】 彼女がこれまで浮..
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ブルー・ライト・ヨコハマ〜横浜からヨコハマへと街の色を変えた一曲

1968年のクリスマス(12月25日)にその歌はリリースされた。 当時、二十歳だった歌手・いしだあゆみにとって26作目のシングルだった。 なんと!発売日に10万枚のレコードが売れ、それが10日間続いたというから驚きだ。 結果、3ヶ月で200万枚近くを売り上げるミリオンセラーを記録する。 時代は“全共闘・全国学園闘争”の真っただ中だった。 ベトナム戦争に反対する若者達が、新宿西口広場などで集会を開き、機動隊と衝突していたあの頃…。 パンタロンやマキシスカート、そしてシースルールックが流行し“ヒッピー族”が街を闊歩しながらフォークソング口ずさんでいた時代にこの歌は生まれた。 作曲者は筒美京平。 彼にとってこの歌こそが、自身が手掛けた楽曲で初のオリコン週間1位を獲得する出世作となった。 筒美はこの楽曲で第11回日本レコード大賞・作曲賞を受賞する。 一方、作詞を手掛けたのは“グループサウンズ関連で最も売れた作詞家”としても知られる橋本淳だった。 奇しくも筒美京平と橋本淳は青山学院中等部からの盟友だったという。 当時の“青学”と言えば、ハイカラで上流階級の子供達が学ぶところとして知られていた。 学内には多数のジャズサークルがあり、二人は別々のバンドだったが、共に音楽を志す仲間だったという。 ──この歌にはどんな想いが込められ、どんなチカラがあったのか? 橋本によると、歌詞のイメージは港の見える丘公園(横浜市中区山手)から見える横浜と川崎の工業地帯の夜景と、自身がかつてブルー・コメッツと共に降り立ったフランスのカンヌで見た“ある光景”が重なり合っているのだという。 カンヌの空港は滑走路が海に突き出ていて、海から陸地に向かって降りていく飛行機の中から見たカンヌの夜景に橋本は強烈に心を奪われたのだという。 「日本はまだ戦争の傷痕が癒えていない“錆れた風景の残る時代”だったので、地中海の青い海にショックを受けました。」 そしてもう一つ。 若かりし頃、ニューヨークの美術館で見たピカソの“青の時代”の頃の絵画が彼の心に強烈な印象を植え付けたのだという。 以来、彼の創作の根底にはいつも“青(ブルー)”があったという。 ピカソのブルーと、カンヌで見たブルーの世界が彼の心から離れることはなかった。 そんなある日、いしだあゆみが移籍したばかりのレコード会社(日本コロムビア)から作詞の依頼を受ける..
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ナイト・オン・ザ・プラネット〜トム・ウェイツの歌声が心地いいジム・ジャームッシュ作品

ジム・ジャームッシュ監督の長編第5作となった『ナイト・オン・ザ・プラネット』(NIGHT ON EARTH/1992)のエンドクレジットには、トム・ウェイツの「Good Old World (Waltz) 」という曲が流れてくる。 幼い頃、月は真珠に似て 太陽は黄金のように輝いていた 大人になると 吹く風は冷たく 山々は上と下がひっくり返った 今はその世に 長いお別れを告げる時 懐かしさが 俺を引き止める もう一度チャンスを賭けたい 潮の流れに 古き良き世界に戻って 観ていて心地のいい映画だった。決して何か凄いことが起こるわけでもない。何かストーリーがあるかと言えばないだろう。人によっては「こんな映画は退屈だ」「映画じゃないよ」と言うかもしれない。でもそんなことを言う人が夢中になる映画はたぶん観たいとも思わない。真夜中に静かに一人で向き合いたい作品だ。 地球というこの星にある5つの都市の同じ夜。言葉も人種も違う5人のタクシー運転手と乗客の移動を描く。短編小説のような映画だが、オムニバスではなく、あくまでも5つの章で1本として成立する映画。 面白い仕事だと思うんだ。良い運転手になるためらはその街をよく知っていないといけない。あんな小さな空間に何時間もいるんだ。その中でいろんな人と会うが、登場人物のセリフにもあるように「15年の間に二度同じ人を乗せたことはない」。そこが面白い。きっともう二度と会わないような人と一緒にある程度の時間いるから、会話はどんなものにもなり得る。 各国の現地スタッフに協力してもらいながら、ジャームッシュは自分を含めたった6人のスタッフで各地を周って撮影した。 脚本を書いていた時から、それぞれの話のエモーショナルなリズムには配慮していた。LAは軽快に、NYはおかしく、パリは詩的に、ローマは凶暴に、ヘルシンキはブラックに。 ──ロサンゼルスの陽が沈む。夜7時過ぎ。 空港に向かってタクシーを走らせるコーキー(ウィノナ・ライダー)が次に拾った客は、映画のキャスティングエージェントとしてバリバリ働くキャリアウーマンのヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)。行き先はビバリーヒルズだ。 ガムをくちゃくちゃ噛みながらヘビースモーカーのコーキーは、口も悪いし、化粧もしていない。それなのにヴィクトリアは話しているうちに、彼女こそが探し求めていた新人女優像だとひらめく..
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【クイズ】野球のルール、ちゃんと理解してる?

打球が跳ねて、観客スタンドに入った!このときのルールは…? View Entire Post ›
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