駒沢敏器が遺した幻の長編小説『ボイジャーに伝えて』

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『ボイジャーに伝えて』〜駒沢敏器が遺した幻の長編小説

「あっ、駒沢さんだ」
最初のページをめくって数行読んだ瞬間、そう思った。
「駒沢さんが帰ってきた……」
駒沢敏器が遺した幻の長編小説が刊行される噂は、今年の春くらいから何となく耳にしていた。それが今、目の前にある。448ページの本を手に取った時、書物的ではない重みを最初に感じた。『ボイジャーに伝えて』── 読み手を掻き立てる想像力よりも先に、これから始まる書き手の壮大な世界や深い想いに触れてしまったような気がした。
ボイジャーとは、1977年に太陽系外惑星の探査計画としてNASAによって打ち上げられた無人探査機のこと。この時、地球外生物に発見された時のために、ボイジャーには地球からのメッセージとして“ゴールデンレコード”が搭載された。
そこには自然の音、動物の鳴き声、55の言語挨拶、そしてバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンから、グレン・グールド、ルイ・アームストロング、チャック・ベリー、そしてブラインド・ウィリー・ジョンソンなど90分間の地球の音楽も入っていた。
しかし、ページをめくっていくうちに、宇宙的な重みは徐々に一定のリズムを持った浮遊へと変わり歓喜になった。この静寂、この行間、この移動の感じは間違いなく駒沢敏器だ。主な舞台となるのはゼロ年代の横浜郊外、沖縄の風景、そして震災直前、1994年の芦屋の坂道と洋館。どのページを開いても登場人物たちのささやかな色気と体臭が風のように漂っている。
実は半分くらい読み進めたところで皆さんに紹介したくなった。正直言うと「結末を知りたくない」からだ。良質な物語だけが持つことのできる「最後のページが訪れる寂しさ」を先延ばしにしたかった。でも、そんな制御はできるわけがなかった。
主人公の女性を一人称、同じく男性を三人称で描くこの『ボイジャーに伝えて』は、小説誌『きらら』(小学館)にて2005年7月号から2007年6月号まで連載された。終了後すぐに単行本化される予定のはずが、実現まで駒沢さんの死後10年を要することになった(*このあたりの経緯については当時、担当編集をされていた稲垣伸寿さんによる巻末の解説をご覧ください)。

自分の石をひとつずつ積み上げる生き方に勝敗はない。計画的に生きるのではなく、行き当たりばったりに過ごすのでもなく、こつこつと積み上げた何かがいずれ大きな果実をもたらすような、最初の1個を自分は発見しなければならない。生きるということは、自分を発明することなのだ。── 『ボイジャーに伝えて』272ページより


駒沢さんと初めて会ったのは、1993年のことだった。当時、小説を書き上げたばかりの自分はどうしても駒沢さんに読んでもらいたくて、紹介を通じて作品を自宅に送らせてもらった。後日、電話で連絡を入れたところ、「いいですよ。ぜひ会いましょう」と静かな声が聞こえた。
待ち合わせに指定されたのは、自由が丘の遊歩道沿いにあるコーヒーがうまい喫茶店。初対面の挨拶を交わした後、シフォンケーキとコーヒーを頼んだ駒沢さんは、それからアメリカ文学を用いながらいろんなアドバイスをしてくれた。そして軽い夕食をしながらお互いの好きな音楽や映画の話で8つの年齢差の穴埋めをして打ち解けた後、「少し飲みながら」と馴染みのバーへ移動した。
今でも覚えているのは、駒沢さんはそこで自ら携わった画期的な衛星デジタルラジオ局「セント・ギガ」での自然の音追いの仕事、凄いスピーカーを作っている人の話なんかを楽しそうに話してくれたことだ。実はそのことは今回の『ボイジャーに伝えて』でも重要な要素となっている。
小説を書くということは、己と深く向き合う勇気がいること。だとすれば、経験や空想はもちろんのこと、人との対話で得る知識や刺激、その人が救われた文化作品からの影響など、それらが積み重なり、混ざり合って創り上げられる。
だから作家は、精神を用いて自分が行ったことを作り変えることに向き合う。人生を元に作り出した出来事が意味を持つ孤独な世界へ長い間入り込む。僕にはそれが分かったので、思わず込み上げるものがあった。駒沢さんも『ボイジャーに伝えて』を書きながら、自分の混乱した精神と闘い続けたのだ。

秋の哀しさはこここから来るのではないかと、私は思う。夏が去ったからもの哀しいのではなく、胸に残された情感に気づいて初めて哀しくなるのだ。
人と親密に接することに私が距離を置きがちなのは、これと似たところがあるからかもしれない。出逢いがあり、予感がした途端に、それが失われたときの切なさを思ってしまう。別離が哀しいのではなく、記憶や感触が残ることが哀しい。なぜならそれはもう、元には戻らないものだから。── 『ボイジャーに伝えて』56ページより


連載が終了して15年、駒沢さんが亡くなって10年。思えば、僕たちはいろんな変化や歴史的瞬間をこの目で見つめてきた。受け入れながら、抵抗しながら、疑問に思いながら、時にスルーしながら、そうやって年を重ねてきた。
何人も変わった首相。信じられない事件や自然災害の数々。深刻化した経済格差や高齢化社会。妙に子供じみた大人の増加。凄まじいスピードで浸透したスマホとSNS。背が伸びるだけの都市のアップデート。消費されて消えていった膨大なヒット商品。それからたくさんの音楽と映画とアニメとTV番組。そして亡くなった人々……。
時代は確実に変わっていく。こんな自分でさえ、いつの間にか駒沢さんより年上になった。そんな時に『ボイジャーに伝えて』が刊行された。この小説はどんなに辛いことがあっても現実を直視し、それでも生きて行こうとする人たちに捧げられた物語でもある。(中野充浩)


『ボイジャーに伝えて』(風鯨社) *2022年7月22日刊行。
駒沢敏器 1961-2012
作家/翻訳家。80年代に雑誌『SWITCH』創刊直後より編集者/取材記者を務め、アメリカ文化の魅力や動向を読者に伝える。独立後は「音楽と旅」をテーマにした良質なトラベローグを綴り続け、自身が「魂の地図」と言っていたアメリカのスモールタウン、ハワイ、沖縄などの風景を描いた。一本のロードムービーを観ているかのような物語には、いつも音があった。没後10年となる2022年7月。幻と言われた長編小説『ボイジャーに伝えて』が遂に単行本化された。2012年3月6日死去。享年51。
〜駒沢敏器著作一覧(2022年7月現在)〜
『伝説のハワイ』(1994年/東京書籍) *共著/佐藤秀明 
『街を離れて森のなかへ』(1996年/新潮社)
『ミシシッピは月まで狂っている』(1996年/講談社)
『地球を抱いて眠る』(2000年/NTT出版および小学館文庫)
『夜はもう明けている』(2004年/角川書店) *長編小説
『語るに足る、ささやかな人生~アメリカの小さな町で』
(2005年/NHK出版および小学館文庫)
『アメリカのアップルパイを買って帰ろう~沖縄58号線の向こうへ』
(2009年/日本経済新聞出版社)
『人生は彼女の腹筋』(2014年/小学館) *短編小説集
『ボイジャーに伝えて』(2022年/風鯨社) *長編小説
*雑誌に発表した数々の原稿リストや10代で創刊したミニコミ誌など、駒沢敏器の原点や世界に触れたい人はこちらから。
「MORGEN ROTE」
*TAP the POP内での駒沢敏器に関するコラム
駒沢敏器の旅の本を開くと、いつだって本物の音楽がそっと聴こえてくる
*このコラムは2022年7月25日に公開されました。発行人である風鯨社の鈴木美咲さん、駒沢さんの高校時代からの親友である平田公一さん。素敵な本を世に出していただき、ありがとうございました。

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