エディット・ピアフを偲んで〜最期まで歌と愛に生きた人生、亡くなる一年前に結婚した20歳年下の夫

この記事は約7分で読めます。

私はおそろしい人生をおくってきました。
それは事実です。
でも、素晴らしい人生でもありました。
こんなことを言うのは他でもありません。
私は人生を…何よりも先ず、人生というものを愛してきたからです。


ピアフは自分に訪れる死を意識しながら書いた自伝にこんな言葉を綴っていた。
1963年10月10日、伝説のシャンソン歌手エディット・ピアフ(享年47)がフレンチ・リヴィエラ(南フランスにある保養地として知られる地中海沿岸の名称)にある小さな町プラスカシエの別荘で死亡した。
死因は肝臓癌と公表された。
パリで行われた彼女の葬儀の日には40,000人以上のファンが集まり、多くの飲食店や商店が弔意を表して休業し喪に服したという。
第二次世界大戦後、パリの交通が完全にストップしたのはピアフの葬儀の時だけだった。
その恋多き人生は、スター歌手として活躍する一方で、事故による怪我とリューマチ性関節炎、それらの痛みをやわらげるためのモルヒネ中毒との闘いに費やしたと言われている。
彼女は2回結婚しており、最初は37歳の時に歌手のジャック・パルと1952年〜1956年の間夫婦生活を送っている。
二度目は47歳の時に20歳年下のテオ・サラポと結ばれている。
テオは元美容師で、彼女と出会った頃は歌手・俳優に転身したばかりだった。
もともとテオがピアフの大ファンであったことが縁となり(彼女が他界する一年前の)1962年に夫婦となった。
テオは妻ピアフの死後、妻の残した多額の借金(700万フラン)を独力ですべて返済したという。



1949年、当時34歳だった彼女は最愛の恋人マルセル・セルダン(フランスのボクサー)と悲劇的な別れを経験している。
ニューヨークでの試合が決まった恋人マルセル・セルダンに対してピアフは「とても待てないの、早く会いに来て!」と手紙を書く。
マルセルは船の予約をキャンセルして飛行機でニューヨークに向かう。
しかし、その飛行機がアゾレス諸島上空で墜落事故に遭い…彼はそのまま帰らぬ人となる。
最愛の恋人を失った彼女は、あまりのショックから正気を保つことができず、酒と麻薬に溺れていってしまう。

「麻薬って、ほんとに地獄のお祭りよ。単調で、灰色で、汚いわ。それでも続けるしかないのよ…」


当時トップスターとして彼女が稼いでいた高額なギャラは、寂しさをまぎらわしてくれる取り巻きとの交友費と麻薬代にすべて消えていったという。
しだいに借金まで負うようになり、身体も精神もボロボロとなった彼女のもとに現れたのが、20歳年下のテオだった。
彼はピアフが癌で余命いくばくもないことを医師から聞いていたにも関わらず、彼女に結婚を申し込んだ。

「テオ、私の顔をよくごらんなさい!こんなボロ切れのような女のどこがいいっていうの?もう女なんてものじゃないわ!自分の足でちゃんと立つこともできない哀れな病人にすぎないのよ…こんな私と結婚なんかするものじゃないわ!」

「僕は君と結婚したいんだ。歳の差や病気のことで君は僕を幸せにできないと言うけど、僕は君を失うことのほうがもっと怖いんだ。今はまず自分がしっかり治療をすることだけを考えて欲しい。君の病気は僕が治してあげるよ!妻が病気で苦しんでいる時、そばにいて看病するのが夫の役目なんだ!今度のオランピア公演が終わったら結婚しよう!」


1962年9月、ピアフはスタッフからはステージに立つのは自殺行為と言われながらも5度目のオランピア劇場公演を成功させる。
そして10月9日、親友マレーネ・ディートリヒの介添えのもと、ピアフとテオは正式に夫婦となる。
1963年2月、彼女は最後の力を振り絞るかのようにテオと共にボビノ座で公演を行う。
翌月の3月18日、フランス北部リール市のオペラ座に出演したのが、生涯最後のステージとなった。
それらの公演は、歌の才能を持つテオを世に出すためのでもあった。
一年あまりの結婚生活の後、テオの歌手としての成功を見届けるように彼女はこの世を去ってゆく…



<引用元・参考文献『わが愛の讃歌―エディット・ピアフ自伝』エディット・ピアフ(著)中井多津夫(翻訳)/晶文社>
<引用元・参考文献『エディット・ピアフという生き方』山口路子(著)/ KADOKAWA 中経出版>
こちらのコラムの「書き手」である佐々木モトアキの音楽活動情報です♪
宜しくお願い致します。



【歌ものがたり2022 雨ニモマケズ風ニモマケズ】


10月7日(金)兵庫(伊丹)HEAVEN`S KITCHEN伊丹昆陽店
10月8日(土)広島・呉Albatross
10月9日(日)岡山LIVE Cafe ペペの家
10月10日(月・祝)岡山Desperado(Bar side)
10月14日(金)唐津の海賊
10月15日(土)小倉Bar Disa
10月16日(日)大牟田 陽炎
10月21日(金)八戸Bar FLAT
10月22日(土)能代ハックルベリー
10月23日(日)秋田カウンターアクション
10月29日(土)横浜Bar Brixton Market
10月30日(日)静岡・三島 ぐらBar’s
11月3日(木・祝)群馬・前橋 呑竜横丁 
11月22日(火)札幌SALINAS
11月23日(水)恵庭Mojo Hand 
12月2日(金)大阪 大きな輪
12日3日(土)和歌山OLD TIME
12月4日(日)広島Jammin’ bar
12月10日(土)福岡NIKAI
12月11日(日)北九州・黒崎 居酒屋 中村屋
12月13日(火)新宿UNDERGROUND Azzitto1224
12月22日(木)金沢JealousGuy
12月24日(土)福井・あわら市 専念寺
↓チケットご予約&公演詳細・共演者情報はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12733736025.html


【THE HUNDREDS 佐々木モトアキ×NOBUYAN’ Special Acoustic Live Tour 2022 “Only 2Men-6Days”】
12月25日(日)名古屋 ROLLING MAN
↓チケットご予約&公演詳細・共演者情報はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12748624898.html


【佐々木モトアキ×Keith “唄うたいと雷神” Autumn/Winter 2022 Japan Tour】
11月10日(木)大分・日田Chewing Gum
11月11日(金)佐賀 雷神 
11月12日(土)福岡・雑餉隈ZASSHO JAM
11月13日(日)熊本・八代7th chord
11月19日(土)札幌Log
11月20日(日)釧路 ガソリンアレイ
11月26日(土)高円寺MOONSTOMP
12月17日(土)埼玉・所沢MOJO
↓チケットご予約&公演詳細・共演者情報はこちら
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12751903088.html



佐々木モトアキの楽曲「You」のミュージックビデオです♪
映像編集、ポートレート(写真)撮影共に、佐々木モトアキ本人が手掛けております。
とてもシンプルな技法ですが、何よりも登場する皆さんの表情が素敵です✨
人が“目を閉じている”表情。
その“瞼(まぶた)に浮かんでいる”誰かの顔。
繋がってゆく“一人ひとりの想い”が、100通りの、いや1000通りのドラマを描いてくれています。


佐々木モトアキ
執筆、動画編集、音楽・食・商品・街(地域)に関わるPRなどなど…様々なお仕事承ります。
例えば執筆・編集のお仕事として、、、
「ロック」「ジャズ」「ブルース」「R&B」「シャンソン」「カントリーミュージック」「フォークソング」「歌謡曲」「日本の古い歌」など、ほぼオールジャンルのページ企画・特集に対応いたします。
ライブイベントの紹介・宣伝文や、アーティストの紹介文なども対応できます。
音楽以外のライティングとして、WEBページの作成・リニューアル、各種パンフレット作成に伴う「店舗のご紹介」「メニューご紹介」「企業・会社のご紹介」「商品のご紹介」などなど様々なPRに関わるお仕事も承ります。
音楽、人、食、商品、街(地域)…私たちが関わるものすべてには“ものがたり”があります。
あらゆるものに存在する、ルーツや“人の想い”を伝えながら「誰が読んでもわかりすい読み物」をお作りいたします✒
お気軽にご依頼のご相談・ご連絡ください♪
sasa@barubora.jp
090-2669-2666
【佐々木モトアキ プロフィール】
https://ameblo.jp/sasakimotoaki/entry-12648985123.html
【TAP the POP佐々木モトアキ執筆記事】
http://www.tapthepop.net/author/sasaki

The post エディット・ピアフを偲んで〜最期まで歌と愛に生きた人生、亡くなる一年前に結婚した20歳年下の夫 appeared first on TAP the POP.

タイトルとURLをコピーしました